西瓜

今年もスイカの季節が到来した。

私はスイカが好きだ。

買うときはいつも、一玉購入だ。

何故かと問うか。

スーパーで398円の1/8スイカなど食らう気にならん。

勿体ないではないか。

398円 × 8=3,188円であるぞ。

一玉買いならば、1680円のときもある。ほぼ半分だ。

かように、一玉買い以外は大幅な割損を食うことが自明であるものを、

たびたび一玉スイカを購入して、意気揚々に家に持ち帰ることが、家人からはすこぶる評判が悪い。

しばらくのあいだスイカが夏の冷蔵庫を占拠して、ほかのを冷やせない云々・・。

一体、このスイカをなんと心得る。

われら人類のために、この季節だけまるまると赤く実ったものの恩恵を、

たかだか数日の不便を理由に排除せんと考えるは、

取るに足らぬことを大切と履き違える態度と言わねばなるまい。

そも、このごろの輩は、なあぜスイカをあまり食わんのか・・

ある時、ピエールが尋ねる。

「おいトド。スイカがあるぞ、食うよな(念押しで)。」

トドは言う。

「・・・う〜ん、今いいわ。」

ピエール

「・・・・・」

これが、全くありえぬことだと言っている。

我ら幼少のみぎりは、スイカで盛り上がらぬ輩は、大体がもぐりだと決まっている。

何のもぐりと問うか。

イカのもぐりに決まっている。

この時期スイカとなれば、大体が食う2時間も前から、いやが上にも盛り上がるものだ。

それを、「今、いいわ」だと?

頭がイカれておろうと言うものよ。スイカであるぞ、スイカ

ピエール

「よいか、トド。世の中はスイカで構成されておるのだ。スイカこそ地球であるとも言える。 すなわち、地球こそははスイカであると言っても過言ではない」

トド

「過言だよ」

ピエール

「なんやとっ、このっ」

これだから、このごろの者は考えが足りぬと言うのだ。ばかたれが。

〜スイカを愚弄するは、ついには世界を滅ぼす〜

という諺をも知らぬと見える。

あの、まるまる大玉となった濃緑のスイカを見よ。

深いみどりは、アマゾンの熱帯雨林、はたまたカナダの深い針葉樹の森を指す。

漆黒の筋はアムール川だ。あるいはシベリアの大河でもある。

稲妻形は地殻岩石の侵食をあらわす。

縦に真っ二つに割ってみよ。

真っ赤なマントルで満ち満ちて、はちきれんばかりではないか。

その上に、我らの載る薄皮の大陸プレートが、絶妙のバランスで均衡している。

すなわちテクトニクスだ。

種のつぶつぶは黒ダイヤ、すなわち我ら人類の文明発展の原動力たる石炭エネルギイにほかならない。

このような基本的なこともわからずに、ただのうのうと日々を過ごしている輩の、

なんと多いこんにちかと思う。

そのような輩には、きっといつか天誅がくだる。

その頃に斯様な真理に気がついても、もう遅いのである。

思えば高校生の頃、下宿の後輩に農家の出の者がいるとしよう(実際にスイカ農家の三男がいたものだ)。

それが、「先輩方、夏の盛りに里帰りもせず受験勉強で、さぞかし大変でしたでしょう」と、

土産の大玉スイカを裾わけに部屋へ訪ねてくる。

「先輩方」とはもちろんピエールとKさんのことだ。

しょうがないから二人がかりで三男坊の人生の相談にのってやる。

そのうち当然に、「ところでそちゃ、例の艶書などは云々・・」の話になる。

そのうちに泣きが入り、「民子が好きで、民子が好きで・・」と繰り返す始末となる。

「いっそ、強く出てみてはどうか」などと、無責任なアドヴァイスを並べつつ夜はふけてゆき、受験勉強どころではなくなる。

大概はそのままK君の部屋で雑魚寝となる。

翌日もまだ夏休みだ。

イカがぬるいと不味いので、どうして冷やそうかと相談になる。

下宿部屋には冷蔵庫などもちろんない。

大家に頼んでみることも検討された。

しかし、あの強欲ばばあが簡単に引き受けるわけもなく、

冷却の見返りにスイカの何割かを請求されては叶わぬということになり、たちまちに却下された。

そこで、K君と私は特大の大玉スイカを担いで、下宿より5分ほどの高校へ向けうんしょうんしょと歩いてゆく。

高校には、県下には珍しく屋外50Mプールがある。

午前中は部活動もあるようだが、午後にはだいたい人がいない。

案の定、入り口の鉄柵には錠前がかかっていた。

このような錠前に一体何の意味があるのか。

すぐ脇の柵をあらよと乗り越え、そちらとこちらでスイカをひょいひょいと受け渡し、

あとは、ドボンと放り込むだけのこと。

その後は校庭でしばらくサッカーをしたり、

ほかの下宿へ遠征に行っては同級生とハイスクールライフを大いに語り合ったり、

小腹がすいては金を借り、1階の商店でソフトクリームを買ったりと結構忙しく、

気づけば午後の八時ちかく、日もとっぷりと暮れてしまった。

セミがまだやかましく鳴いている。

そろそろ、水泳の時間だ。

同級生にいとまを告げ、校舎脇の水泳場へ戻る。

幸いプールには誰もおらないが、暗くてスイカがどこに浮いているのかわからない。

ズボンと上着を脱ぎ、パンツ一丁のまま、スイカ同然に我らもドボンと水に浸かる。

夏の夜のプールは、静かで、あたたかくて、たゆたうようで・・・

しばらくは、平泳ぎ・クロール・平泳ぎ・背泳ぎ・・・。

・・・ゴツンとぶつかると、それはスイカだった。