2025年 ゴジラ攻略-北穂高岳東稜をゆく

北穂東稜核心部を展望す

5月のGWに山梨県の徳和渓谷から金峰山をへて瑞牆山へ縦走して以来2か月余、忙しくて山行どころではなかった。 まとまった休みがないということもあった。

そうして迎えた7月の連休、北穂東稜を登る。通称「ゴジラの背」だ。 9月には北鎌尾根を踏破する計画なので、その前哨戦となる。

ゴジラの背中間部より涸沢を見下ろす

予報は好天。予定通り7月18日(金)に有休をとり、7月20日にかけて3日間の計画とする。 7月21日の祝日は予備日にとっておく。

ちょっと頑張れば、1泊2日でも行って帰れはするが、上高地発の夕方のバスは混むし遅れるかもしれない。 昨年9月に前穂に登った帰りは大渋滞で3時間以上もバスが遅れた。 松本に着いても東京方面の列車はすでになく、ホテルを探すもみな満室で、とうとう詰んでしまった。 最後は漫画喫茶というオチに。あれはもうこりごりだ・・・。

例によって単独行、2泊3日のテン泊装備だ。

今回のルートを示す。

赤が初日ルート、ピンクが二日目ルート

初日は涸沢で幕営。二日目早朝から東稜⇒北穂⇒南陵とまわって涸沢に戻り、そこから横尾方面へ戻れるだけ戻って幕営、 三日目に上高地から帰京する。二日目の東稜が核心部だ。

<第一日目 7/18日 金曜日>

自宅から中央線を乗り継ぎ、 立川7:21 ⇒ 9:43:松本(あずさ1号) 松本10:10 ⇒ 10:40新島々(松本電鉄) 新島々10:50 ⇒ 11:55上高地(アルピコバス)

今年からアルピコは上高地行きも事前予約制となった。

PM12:10、上高地バスターミナルを出発する。

観光客満載の河童橋

PM13:31、徳澤園到着。

徳澤園通過
かなりいいペースだし、この分なら17時前には涸沢ヒュッテに着けるかもしれん。

PM14:31、横尾到着。まだまだ早いペースだ。

横尾到着
休憩もそこそこに出発。まずは橋を渡る。
横尾の吊橋

上高地から横尾まで標高差120Mしかないのに、横尾から本谷橋までは標高差170Mになる。 さらに本谷橋から涸沢ヒュッテまでの標高差は520Mと、一気に斜度が急になる。

ブルーベリーのような青い大きな実がついている
はたして横尾を過ぎてから明らかにペースは落ちて、疲れを実感するようになった。

本谷橋到着はPM15:30。

本谷橋到着
橋のたもとでしばし休憩だ。 パンなどの食事をとり、流れ込む枝沢の水を汲んで飲む。

昨年秋にこの本谷を遡上し黄金平へ、さらに南岳へ登ったことを思い出す。 紅葉美しい、まさに黄金色に染まる山と谷だった。

ぼんやり考えているうちに座りながら眠っていたようだ。 また始まったのか、地獄の眠りループが。

地獄の眠りループへ
いくら眠くてもここで寝てしまう訳にもいかない。重い荷物と体を引き起こして登り始める。

本谷橋からは標高150M位の間は急登だ。 登り切って進んでゆくと、1時間ほどで樹林帯が途切れ、ガレた斜面の場所となる。

涸沢カール方向を見る

そこから振り返れば、くだんの横尾本谷とその上の黄金平が見える。

横尾本谷と黄金平

とにかく眠い。

腰掛けられそうな岩や、美しい花の咲き乱れる草付きの斜面に寝そべり、15分以上も眠ってしまう。

何という名の花であることか

先ほどのガレ場から15分ほどで、やっと「Sガレ」の標識が。また眠くて寝る。

Sガレ_PM16:49
まだあとコースタイムで50分も登らなければならない。

やがて登山道は右下に流れる涸沢と合流するように、流れの真横を通るようになる。

奥には雲に覆われる穂高の山々

さらに登り進め、ヒュッテに到着したのはPM17:49となっていた。

涸沢ヒュッテと穂高
小屋でテン泊の受付をする。 北アルプスには何度も来たが、実は涸沢で幕営するのは初めてだ。

小屋のお姉さんはすこぶる機嫌が悪い。

「遅いです、17時も廻っていますし」

まさか「途中そこかしこで居眠ってしまっていて・・・」とは言えず、 素直に詫びておく。

小屋を出ると、もう薄暗くなってきたものの、圧巻の光景が。

ヒュッテのデッキから
正面に明日登る北穂南陵と東稜が目の前に壁のように覆いかぶさって見える。

大天井岳方面

とんがり涸沢槍。股にささったら痛そうだ。左雪渓上のコルに穂高岳山荘も。

涸沢岳と涸沢槍

奥穂高岳_本峰はどこだかわからない

大雪渓の左に前穂高岳

テン場の様子。

いい場所が空いていた。

自分のテント

明日はあれに登るのだな。

さあゴジラよ、待っていろ

第一日目の稿、了。

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