<第三日目 2025年9月22日>

AM3:50頃には目が覚めた。
今朝はとても冷え込んでいる。薄手のダウンジャケットを持ってきてよかった。 テントのファスナーを開けると、すぐ上の天狗ノ腰掛からヘッデンの明かりが降りてくる。 B氏だった。 挨拶した後、彼は去ってゆく。まだ真っ暗なこの道をよく進む気になるものだ。
食事を支度するが、火傷跡が痛くて痛くてはかどらない。
荷物をまとめ外に出ると、夜明け直前の絶景が広がっている。

今日はいよいよ核心を進む。
まずは独標攻略だ。
AM5:35、出発する。
少し登って天狗ノ腰掛を振り返る。




天狗ノ腰掛から独標はすぐ目の前のように見えていたのだが、案外距離がある。
直線距離にして約400M。そこに至るまでいくつもの関門があるんだな、これが。






天狗ノ腰掛が第8峰で、9峰がこの白い岩峰なのか、それとも一つ手前のがそうなのか、
今一つ判然としない。

白岩峰をなんとか攻略すると、やっと独標取り付きが近づいてきたようだが・・・
あれを本当にトラバースするのか。
もう少し進む。



AM6:55、やっとのことで独標の根元に到着する。

直登するには、このスリング岩を左に回り込み、チムニー状のクラックを登る。

トラバースにしても相当に恐ろしいルートな訳だけれども。
後から来た3人パーティが、私を抜いていく。
先に行け、先に。

ここもずり落ちでもすれば、ひとたまりもない。


それでももちろん、落ちればおしまい。


先行の3人パーティは逆コの字を過ぎてもさらにトラバースして進んでいった。
私はここからまっすぐ上へ、独標頂上を目指す。
再び険しい岩の登攀が始まった。
右へ左へ、ルートを探りながら登っていく。
途中にも巻きたくなるような踏み跡が何カ所か。ぐっとこらえて上へ。

崖面の途中に立つような感じ。ずり落ちれば無論ジエンド。
登って行くと上方に岩の隙間が三角形に空いている。


さらに登って振り返る。

ここからは本峰もよく見える。
一つ先のP11峰だろうか、先ほどの先行パーティの連中がピークに立っている。独標はスルーして行っちまったようだ。
ちみたち、そりでイイのかネ。
AM7:39、独標到着。

辿って来た方向を見下ろせば、

真北からのルートでの直登はできなかったが、無事に登頂は果たした。
天気良く、本峰はもちろん、360°の絶景が広がる。










独標で一呼吸置くことができた。風も無く好天、眺望は抜群。今日はラッキーだ。



平穏な道がしばらくは続くのかと思いきや、すぐこれ↓。

慎重に下る。






直登が正解か、巻くべきか・・・
どれもが正解のようで、どれもが誤りのように思えてしまう。
進んだ挙句、進退窮まったらどうするのか。その恐怖で心理的に追い詰められる。
何とか登りきる。

12峰を登り終わると、すぐに下降しなければならないが、

時間はどんどん過ぎてゆく。


先へ進まなければ。




いずれにしても、どこをどうやって降りてきたのか、あまり思い出せない。

前方を見れば、













そして第15峰へ。

15峰登攀中、今度は下の方から突然けたたましいヘリのロータ音が近づく。

強い風圧とともに私の右頭上を通過した後、北鎌平の右手、千丈沢側の小尾根の下方でしばらくホバリングしている。

そして二度と戻ってくることはなかった。
第15峰到着。AM10:59。

〽アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りをさあ踊りましょ ランラランランララランラン・・・
あの小槍の頂部で、いったい誰がアルペン踊りを踊れるというのであろう。
こののんきな歌詞を(あるいは勇ましい歌詞と言うべきか)、いったいだれが書いたものか。 どこまでも能天気な歌詞に思える・・・




AM11:14、北鎌平到着。ここまで結構な時間を費やした。
休憩し昼食をとることに。

幕営地から独標を第一フェーズ、独標から北鎌平を第二フェーズとすれば、 最後の第三フェーズが槍の穂先への登りということになる。
これまでこの北鎌尾根を愉しむどころか、どちらかというと恐ろしさが先行し、心の余裕はまるでなかった。
穂先までは、あとどのくらいで登れるだろうか。そしてこの山行の核心部を愉しむことができるだろうか。
一方時間はというと朝5:30頃に出発してもう6時間も経っている。 予想ではもう山頂に立ち、歓喜の時を迎えているはずだったのだが・・・。
AM11:32、出発する。
ここから槍の穂先までは角度が一気に増していく。
第一、第二フェーズは険しいUP・DOWNの連続であった訳だが、
第三フェーズはカテナリー曲線(懸垂線)のごとく、一方的に登攀角度が増してゆくのである。
ある岩は動かず、ある岩は動く。一つ一つを確かめるように登らなければならない。
しばらく登ると岩にプレートが打ち付けてある。
確か北鎌平に「諸君、頑張れ!」というプレートがあると聞いていたが、結局見つけられなかった。
このプレートには何と書かれてあるのか・・・
「春雪の北鎌に逝く 1959年4月30日 上原勇作」
・・・合掌だ。

この辺りからようやく愉しくなってくる。

PM12:28、やっと蟹のハサミまで来た。






手足を一杯に伸ばして、手掛かり・足掛かりを探りながら登ってゆくことの愉しさよ。
垂直面のようなフェースを登りきると、第一チムニーとなる。
先行の2人パーティが登攀中だ。登山ガイドの方が先行し、女性客をロープで確保している。

チムニーから下はこの通り。

チムニーに取り掛かる。見えないルートが見えるようだぞ。
最初に左、そして右に大きく足を張り出し、確かな手掛かりを探って一気に体重移動する。
ふわりと体が持ち上がるこの感覚!
そうか、これを求めて自分は山に来ているのか。
第二チムニーへ。

さらに登るが、左手を掛けた岩が動くでないの! 着実な三点支持で登っていなければ、落ちていたかもしれない。
しかし第二チムニーもクリアした。すると上の方で声が聞こえる。 見上げれば頂上の祠が見える。
ああ、終わる。終わってしまう、北鎌が。

PM13:07、槍ヶ岳山頂到着。


山頂標識を手に、得意満面のピエールさんだ・・・というより、何だこの顔!








最後に独標を見る。

さあ、降りよう。
第三日目、北鎌尾根の稿、了。