最恐の秩父聖尾根をゆく リメンバー2023シーズン

聖尾根
2023年シーズンも終盤、今年の12月はどこに行こうか。やはり年末は酉谷山(とりだにやま)かな・・。

あそこの避難小屋はとてもいい。ただもう2回も行っている。

春の酉谷山避難小屋(2022年5月)
おととし(2021年)は日原からタワ尾根経由で酉谷山へ至り、ヨコスズ尾根へ周回して日原へ戻る山行で。 去年(2022年)は雲取から酉谷山へ、そして矢岳ルートで秩父側へ下った折に、それぞれこの小屋に世話になった。

この山域で残っているのは小川谷林道ルートだ。

日原から酉谷山へ小川谷経由で直登するルートで、奥多摩側からのアクセスがよろしいが、 2023年5月に林道の崩落があり通行禁止となった。

林道通行止め情報_東京都水道局HP
また林道終点から酉谷山までも、ずいぶん前から登山道自体の崩壊が著しいと聞いている。

ただ、林道を通っているログは数多くあるし、自己責任ではあるが調査も兼ねてこのルートを進む意義はある。 駄目なら引き返せばよろしい。

酉谷山 標高1718M
そうなると、酉谷山からはどちらへ下るべきかだが。

やはり熊倉山へ行くか・・・

酉谷山から熊倉山を含む山域は秩父でも「魔境」と言われているエリアだ。 とにかく遭難が多い。死亡事故例も複数レポートされている。 これはしっかり下調べをしなければ・・・

ネットで「酉谷山、熊倉山」などと入力するといくらでも山行記録は出てくる。 便利な時代だ。 熊倉山へのルート上、酉谷山のすぐ北側の「小黒」と呼ばれるピーク周辺では道迷い遭難が多発している。

一方熊倉山から北側、秩父側へ下りるルートは複数あるものの、 「城山コース」というのが一般的で、他のルートは荒廃が進んでいるとのことだ。

だが地理院の地形図を見ていると、熊倉山山頂から秩父鉄道終点の三峰口へと北へ伸びる尾根がある。

聖尾根(赤ライン)
これを「聖尾根」という。

この「聖尾根」は、登山地図上に登山道表記が無い(地理院地図には途中までルートの記載がある)。 ただ検索すると、ちらほらと山行記録が確認できる。

それによれば、とにかく危険極まりない急峻な尾根であるようだ。 しかも、どの山行記録も<登り>で使われているものばかりで、 <下り>での山行記録が無いのである。 こうなると俄然、そそられてくる訳だ。

かくてルートは決した。

■小川谷を詰めて酉谷避難小屋に1泊、翌日酉谷山から熊倉山を経て聖尾根を下降し三峰へ至る■

12月9日、10日の土日を山行日とする。天気予報は快晴予想。予備日は無いが、1泊2日で問題なく縦走して帰ってこられるだろう。

例によって単独行、小屋泊りではあるが訓練を兼ねテン泊装備を背負っていく。

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<第一日目 2023.12.9. 土曜日>

小川谷最源流部
立川AM7:15発の青梅線で奥多摩へ向かう。 奥多摩駅到着は8:24。8:35発のバスは東日原に9:06到着。
東日原バス停前にはきれいなトイレがある
初日のルートを確認しておく。
<第一日目ルート>
AM9:20、身支度を終え出発する。

天気は申し分ない。最初はロードだ。

すぐに稲村岩が出迎えてくれる
道は大きくカーブして北上、やがて日原林道を左に分け、直進すると見覚えのある一石神社が左手に見えてくる。
石段を上ると一石社、その裏手の急登を登ればタワ尾根となる
右手に駐車場と茶屋があるが・・・ 看板の漢字、おかしくね?
「御中食」て・・
よく見ると「御中食」の上には・・・

「深山由谷の境地」!!!

これも「深山由谷」× → 〇「深山幽谷」だよね。

他の文語も大丈夫かな・・・

先へ進むと鍾乳洞だ。

日原鍾乳洞入口
鍾乳洞にはまだ入ったことが無い
そして巨大な岩壁が真正面に。
燕岩_巨大すぎる・・
右手眼下には小川谷
川向うに視線を上げれば、これまた巨大な梵天岩
やがて「林道小川谷線」と記された立派な看板。
ロープを跨いで進む
岩を穿ち滝を生ぜしむ
ゲートが見えてきた
・・・だそうだ
ゲート脇をすり抜け、渓谷美を愉しみながら林道を進む。 しばらくは右岸をゆく。 古い橋を渡る。ここでカロー沢を右から合わせる。 橋の向こうを右手に入る道がついていた。進める道かは知らず。左手へ進む。
カロー沢
ここからは小川谷の左岸をゆく。

林道を先へ進むと、見えてきましたよ、問題の個所が。

林道崩落現場
一呼吸置いて来た道を振り返る。
林道を振り返る
天気はすこぶる良い。
快晴の奥多摩の山並み
通行禁止のロープを越え崩落個所を観察する。
崩落個所を観察するが、これは・・・
崩れた土砂の上を行けば、問題なく越えられそうだ。 迷わず進む。
崩落土砂の上から振り返り撮影
小川谷は林道よりまだだいぶ下だ
さらに進むと林道は大きくヘアピンカーブを描き、枝沢を越える。
次の橋が見える
「滝上谷橋」とある
「滝上谷」なのか・・・
「滝上谷」は橋の左側で小川谷に向かって落ち込んでゆく
落ち葉が敷き詰められ、日差しに温められた林道をゆく
滝上谷を過ぎ、大栗尾根を廻り込もうとする頃、突然バリバリと大きな音が聞こえてくる。

見上げるとヘリだ! 進んできた林道の右手の尾根上からやって来て、私の頭上を通り過ぎ、小川谷を挟んだ反対側のタワ尾根の方へ飛んで行く。 そしてタワ尾根の小さな支尾根と枝沢を一つ一つ丹念に探るように移動している!

これは遭難事案に違いない。誰かが行方不明になっているのだ・・・

しばし呆然と見ていると、今度は大きく踵を返してこっちへ飛んで来る!

そして私がこれから廻り込もうとする尾根の向こう側まで来て、ホバリングしているではないか。

赤い機体のヘリだ
なんだ、なんだ!?

やがていったん音は遠ざかる。 ゆっくりもしていられないので先へ進む。

支尾根を廻り込むと、左手の小川谷に向け何となく斜めに下りるような踏み跡がある。 この辺りでは、林道と小川谷の落差は100M以上となっている。 急峻な七跳尾根の先端を、小川林道は回り込むように伸びている。

東京都水道局の看板
看板には、「林道通行の皆様へお願い」とある。続けて「スピード落として、安全運転で!」などと書かれている。

この林道に車が来なくなってどのくらい経つのであろう。 それから今日まで、この林道に何兆枚の落ち葉が降り積もったのであろう・・・。

一つ先の「犬麦谷」にへ向け、林道はヘアピンカーブよろしく大きく山側に入り込む。 すると立派な砂防工事の跡が見られる。

砂防事業の様子
蛇篭を用いた小規模な砂防ダムが連続している。

犬麦谷を廻り込む。

快晴の小川谷と七跳尾根
再びヘリのロータ音が大きく聞こえてきた。 七跳尾根の先端、P1055を廻り込んだ先で小川谷林道は終わるが、どうやらその辺りでヘリはホバリングしているようだ。

林道終端部の広場のようになった場所に近づくと、ヘリの爆音と風はMAXに。 見上げると東京消防庁のヘリだ。 隊員が一人降下してきたのか、広場中央に立っており無線交信しているように見える。

youtu.be 隊員が近づいて来たので「いったい何ごとですか?」と聞くと訓練中だという。

なぁんだよ、訓練か。遭難事案でなくてよかったが・・・、普段見慣れぬ光景と爆音に、こちらは唖然とするほかない。

「どうぞ安全に登山を楽しんでください」と声をかけてもらう。

こちらも帽子に手をかけて挨拶を返す。

ヘリは飛び去ってゆく
・・いやあ、驚いた。

この広場部分で小川谷林道は終わりだが、右手へはさらに「七跳林道」が続いてゆく。 そちらの林道も崩壊が著しいと聞いている。

AM11:34、広場を出発する。ここから登山道となる。

ヘリの訓練活動に遭遇し、興奮冷めやらぬところだが、 小川谷ルートは、ここからが本番だった。

まず、いきなりこれ。

この石垣の上を行くが・・・
写真では大したことのないように見えるが、石垣の上には土砂が斜めに堆積して非常に不安定だ。 固く斜めになった面はザレていて滑りやすい。 滑ってしまえば谷底まで行きそうだ。 石垣の下を通れないか吟味するが、とても下りられそうにない。 谷底の水面までは、標高差で120~130M以上ある。
渡り切って振返り撮影
だいぶ躊躇して見極めを行った後、ソロリ・ソロリ・・と慎重に渡る。

これはまだ序の口だった。 ここからしばらくは急斜面のトラバースとなる。斜面の角度はほぼガケといった感じで、巾20cmにも満たない踏み跡が薄くついている。

踏み跡と言っても落ち葉が厚く堆積した、その上が少しへこんでいるような頼りないものだ。 カラカラに乾いた落ち葉は極めて滑りやすい。

左下は100M以上切れ落ちている。 一旦滑ったら一気に下まで行く。

その恐怖!

自分が転がっていく姿が映像のようにイメージされる。

落ちたくない。 ストックで足元の落ち葉を掃き取りながら一歩一歩足場を固めて進むので、恐ろしく時間がかかる。 それでも落ち葉の斜面を100M滑り落ちるより、はるかにましな事だ。 東京消防庁の世話になる訳にはいかないのである。 上写真の様な回り込みでも、ひざがガクガクするような恐怖を味わいながら進まねばならない。

振り返ると部分的に石垣が残っている。一応登山道ではあったわけだ。

ところどころに登山道である痕跡
枝沢を越える
標識も残るが・・
標識はあるもののそれらは痕跡に過ぎず、登山道のほとんどは消失している。

もう帰ろうかな・・・ 急斜面のトラバースは700~800Mも続いた。

やっと谷底が近づいて来た
しっかりした看板が見えてきた。
三又の看板
PM12:52、ここが「三又」だろう。

ここは谷底が少し広がった開けた空間だ。平らな地面に立つことができて心底安堵する。

左手が「滝谷」。右が「悪谷」。正面が「酉谷」だ。 ここからは正面の酉谷を沢伝いに進むほかなくなる。 右岸側に石垣などの痕跡がたまにあるが、崩壊が進んでいてとても歩けない。 沢伝いの遡上の方がまだましなのだ。 両側は次第に切り立ってくる。ゴルジュに近い地形だ。

思い出したように現れる古い標識
よじ登るのは骨が折れる
落差も大きい。 大小の落ち込みを越えてゆく。
下流方向を振り返る
左脇を登ろう・・
やがて傾斜が緩んでくる。すると何かがれきのようなものが見えてくる。 倒壊した建物のようだ。 登山地図にあった「旧酉谷小屋跡」というのがこれだろう。
かつてここに小屋があったのだ
小屋跡を過ぎると、いつの間にか酉谷は枯沢となった。 枯沢になって以降、斜面はどんどん急登となる。 夕日が差し込んでくる。 秋深まるこの谷は、美しくなる。

最後はキツいキツい急登をとにかく登る。 登山道はもうどこにあるかよくわからない。

上の方に針葉樹の濃い緑色が見えてきた。 すると右手に、いきなり小屋の建屋と石垣が見えてくる。

酉谷山避難小屋到着
着いた。PM15:51だ。

小屋には3人ほど先客。あとでもう一人、ルーマニアからの留学生も来た。

本日の行動終了だ。一服してからゆっくり夕食を準備しよう。

夕暮れの奥多摩と富士山
いや~、おっかなかった・・・。

小川谷ルート見くびるなかれ。神経をすり減らすトラバースだった。

第一日目の稿、了。

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