<第二日目 2023.12.10.日曜日>
AM6:23、朝は「ゆっくり起き」になってしまった。



食事をとり、ゴソゴソしているうちにまたしても7時をまわってしまう。
まあ、今日は下りだし、問題なかろう・・。
陽はすっかり昇っている。気温はむしろ高めだ。
AM7:19、出発する。
急坂を15M程登ると主稜線の縦走路に出る。この尾根を長沢背稜という。
雲取山から芋ノ木ドッケ、酉谷山、蕎麦粒山、棒ノ折山方面へ続くこの稜線は、
東京-埼玉の都県境となっている。
分岐から酉谷山山頂へ。ひと登りだ。



まだ日の出から間もない。


酉谷山山頂から真北へ下る。魔界への入り口だ。






酉谷山から小黒ピークまでは真北へ進み、小黒ピークからは西北西へ。
最初こそ急下りだったが、すぐに緩やかな広い尾根となる。
やがてバス停が見えてきた。

よく見ると薄くなった字で「山火注意」と書かれており、その上に赤で「→」が手書きされている。 「バス停」の奥にはトラロープも張ってある。直進するなと。
そうか、ここで右手へ緩やかにカーブし、再び北上するのだな。






標高差にすれば大したことは無いが、
・・いちいち、危険だ。
前方に次のピークが見える。
コルから登り返すと、前方に大岩。
大岩の袂から振り返り。
迂回するように登ると大岩の上にヒョッコリと出る。


展望がきくピークだ。天気も良い。


10分ほどで次のピークに到達。



昼食にする。
ここは展望のない、細長いピークだ。

だいたいこの看板からして不気味だ。
「熊倉山頂」「海抜1426.5」の下に、なぜわざわざ血の滴るような文字で同じことを手書きしなければならないのか。
さて、この先がいよいよ「聖尾根」。本山行の本番はこれからだ。
幸いにしてまだ11時前。気を引き締めて進むこととしよう。

後半戦のルートを示す。

この地図を出力して貼りつなぎ、情報をいろいろ書き込んで持って行った(下図)。

さて熊倉山頂から急下りを60~70M下ると、トラロープが張ってあり白いアクリルの看板が見えてくる。


落ちている看板は2枚のプレートに割れている。一方は「熊倉山頂」すなわち下りてきた方向だ。
もう一方には「白久に至る」との記載が。

左手へ進むと再び看板がすぐに現れる。





切れ落ちていた!




このような関門が四、五カ所くらいあるという・・・

あれれ。ここが「高根」なの?
現在AM11:14。
先ほどのおっかない大岩の手前の分岐看板にも「高根をへて白久駅に至る」と書かれていたが。
「地理院地形図」と、昭文社の「山と高原地図」を見比べる。 現在地がP1307手前の「高根」とするとそうか、さっきの大岩は「山と高原地図」に表記のある「井戸沢ノ頭」だったのか。 高原地図では「井戸沢ノ頭」を巻くルート表記になっているが、 私は直進して「井戸沢ノ頭」を通過し、大岩を下降してここ「高根」に至ったわけだ。
少し進むとすぐ古い木の看板。赤く塗られていたのだろう。


だいたい「大血川」などという名前が何故ついたのか。怖すぎだろ。
P1307を過ぎ、北寄りに進路をとりながら進むと、やがてえぐい下降箇所が見えてくる。


その後しばらく緩い尾根下りが続くかと思われたが、すぐさま痩せ尾根と尖り岩越えの繰り返しとなる。





まだまだ下らなければならない。 P1165を出発し、標高差にして100Mも下っただろうか。
目の前にロープが張り渡してある。
いったい何だ、このロープは。邪魔だなあ・・・






!!!!!
まっすぐ下ってしまっている。
そういえばさっき、なんとなく跨ぎ越えてしまったロープ。あれは「直進するべからず」だったのだろう。
愕然とするが登り返すしかない。 痛恨のミスに重い足取りで引き返す。
ロープのところまで1時間以上かけて登り返してきた。これが本当に疲れた。


胃袋に重たい石を詰め込まれたような緊張を覚える。
一刻も早く下らなければ。

巻き終わって、大岩を見上げるとロープが垂れている。
本来はこの上からの下降が正解だったのか・・・
崖は左へと続いているようだ。
・・・とにかく急いで進むことだ。
しばらく行くとまたロープがある。



途中の木に朽ち果てて途切れたロープ。この急下降を助けるロープであったのだろうが、これではどうにもならない。



この恐ろしい尾根を、ヘッデンで下らなければならないのか。
コルから少し登り返してPM15:16、おそらくはP802であろうピークに到達。

心臓の鼓動が高鳴り、焦っているのだが、どうしようもない。
P1165を出発した辺りでは余裕があったのに、どうしてこうなってしまったのか。 道まちがいをしてどんどん下ってしまったのが敗因なのはわかっている。でもこうも簡単に追い込まれてしまうものなのか。
今回は土日の山行で予備日は無い。明日は朝から重要会議だから、今日中に何としても家に帰らなくては。

北西方向へ少し下ると、ちょっとしたピークに白いプラ杭。
夕日が迫ってくる。
薄暗くなりつつある中、お聖山へと向かう。
この辺りからもう、写真を撮る余裕は無くなった。
お聖山は右から巻いたように記憶している。

ここから過酷な戦いとなった。
地形図で見ると、お聖山から50Mちょっと下るとコルになる。
そこからP725に向け直登すればよかったのだろうが、なんだか怖くなって先ほどと同じように右に巻いた。 これが恐ろしい岩山のトラバースとなった。
進むにつれどんどんと傾斜がきつくなり、ついには垂直崖面のちょっとしたヘリに足を置きながら蟹バイのように進むしかなくなる。断崖絶壁で落ちたらおしまい。しかもそのヘリには落ち葉がこんもり溜まっている。
左手で岩を掴み、右手のストックで落ち葉をかき落としながら右足を置く。この繰り返しで、巻き終わるのにとてつもない時間がかかった。
巻き終わった時には、安堵感よりも恐怖が心を支配していて、気持ちを落ち着かせるのにしばらくかかった。

左手のガケ下を見ると、ずっと下方に国道と建物が見える。 ちょうど、「遠き山に陽は落ちて~」の音楽が聞こえてくる。
秩父の日没は12/11の今日あたりが最も早く、だいたい16:34頃だ。 まだ空は明るかったが、日没時間は過ぎている。 17:00のチャイムであったのだろう。
さらなる凶事はこの後に待っていた。
猫の額から尾根を20Mほど行くと断崖絶壁になってこれ以上進めない。 ヤセ尾根はかろうじて右へカーブしており、それに沿って進むが、すぐにとんでもない急下りとなる。
途中の木につかまりながら下を覗いたものの、とても下れるような斜度ではなかった。 心臓の鼓動が聞こえてくるようだ。
仕方なく元の「ネコの額」まで戻ってくる。
正面は断崖絶壁。 右にカーブする尾根も100M程で断念。 建物や道路の見えた左側(西側)もガケで、とても下りられない。
完全に詰んでしまった。
唯一右側の扇型になっている急斜面だけが、降りられなくはないというレベル。
しかし扇形はやがて収束し、急こう配の谷となることは必然。 既に薄暗く、あと10分もすればヘッデンなしでは何もできなくなる。 これ以上進むことは躊躇われた。
ビバークを決断する。
スマホは電源が切れかかっている。 会社の携帯を念のために持ってきたので、ヘッデンとともにリュックから取り出す。 すると電波が二、三本立っていた。
ヘッデンを装着し、テント一張り分の「ネコの額」に設営する。
※下は翌朝に撮影したもの。正面のピークがP725。向かって左側を巻いて来た。

次に会社だが、同僚に片っ端から電話してみると3人目で出た。 会議欠席と代休することを断って電話を切る。
明日、朝になって頭をすっきりさせてから、どう打開するかを考えよう。
そうと決まれば食事だ。水が少なかったのでパンなどにして節約。 あとは寝るだけだ。
ここはおそらく標高で700M圏。標高を落とした分、寒くはなかった。
歩き続けたからというより、緊張で疲れが出たのであろう。 この恐ろしい尾根の記憶を反芻する間もなく、 深い眠りに落ちていった。