最恐の秩父聖尾根をゆく<第三日目 最終日> リメンバー2023シーズン
<12月12日(月) 第三日目>
日の出前のAM6:00頃、目を覚ます。
昨日は口の中がカラカラに乾くほど緊張していたが、一晩眠ってすっきりしたせいか、腹は据わっていた。
現在地は標高700M圏。ゴールの三峰口が約350Mだから、あと350M降りればよいのだ。
昨日の夕方に西側に見下ろせたオレンジ色の屋根の建物は、地形図で見ると「光の村秩父自然学園」という特別支援学校のようだ。道路は「国道140号」だろう。

まず北側を見る。

西側も大血川に向けた急斜面、というかもはや崖と言っていい程でとても降りられない。


南側は昨日降りてきたP725。降りてきた・・・ではなく左から巻いて来た。

そしてテントの左側(東側)。
急斜面だが、可能性のある脱出ルートとしては唯一この東側への下降だ。

もう一度北側を見る。


ただ降りられはしなかったが、下にコルが見えた。ルートとしてはこの方向と思われる。
やはり幕営地から扇斜面を下り、左に巻いて下のコルを目指すのが正解と思われる。

東側扇斜面に活路を見出すべく、下降開始だ。

左手を見る。
ずり落ちながら降りてゆくと、左手の杉の大木にテープが巻いてある。
これに向かって扇斜面をトラバースしていく。
落ち葉の上にかすかに踏み跡が見える。
テープの巻かれた大木にたどり着くと、コルが見えた。
AM8:11、コルに到着。
コルの向こう、左手に巨大な石灰岩岩壁が見える。

コルはほんの僅かなスペースしかなく、すぐコルからの登り返しとなる。
これまた信じられないほどの急登りだ。
木の根や岩角などの手掛かりをつかみながら登る。

ここは小さなピークになっている。
地形図に登山道表記がある分岐ポイントが、おそらくここなのだろう。
さらに進む。

50M程下ってさらに左へ90度ターン。
この辺は地形図・コンパスと首っ引きで進む。


ところがP622を過ぎたあたりから、とんでもない急下りの尾根が連続して現れる。

標高590M圏で、ついに立ちすくむような急下りになる。 尾根は左右に分かれているが、地形図によりここは右へ下る。
AM9:14、意を決して降り始める。 急斜面に落ち葉が積み重なり、一歩一歩ズルズルと滑る。何かに引っかかれば下までもんどりうって転がっていくだろう。
急斜面すぎて、樹木もろくに生えていない。 それほどの急斜面の途中から、腐ったロープが木の根に結ばれている。
こんなもの、掴んだらブチっとすぐに切れるに違いない。
AM9:27、コルまでやっと降りてくる。

この後も、下まで標高差であと200M程だというのに、複雑な尾根分岐に加えて、とんでもない急下りの連続となる。



最後はもう転がりそうになりながら、AM10:12、ついに人工物の石垣にたどり着き、舗装道路を踏む。


死なずに降りてこられた。
これが正直な感想だ。 しばらくはこんな登山は沢山だ。
降り立った場所は、荒川にかかる「白川橋」というところで、
秩父鉄道三峰口駅までは300Mほどの所だ。

何だったのだ、この尾根は・・。
初日の小川谷で、林道過ぎてからのトラバースも心底恐ろしかったはずだが、 それを全て忘れ去るほど肝を冷やした。
もう今は家へ帰ろう。
「最恐の秩父聖尾根」の稿、了。
最恐の秩父聖尾根をゆく<第二日目> リメンバー2023シーズン
<第二日目 2023.12.10.日曜日>
AM6:23、朝は「ゆっくり起き」になってしまった。



食事をとり、ゴソゴソしているうちにまたしても7時をまわってしまう。
まあ、今日は下りだし、問題なかろう・・。
陽はすっかり昇っている。気温はむしろ高めだ。
AM7:19、出発する。
急坂を15M程登ると主稜線の縦走路に出る。この尾根を長沢背稜という。
雲取山から芋ノ木ドッケ、酉谷山、蕎麦粒山、棒ノ折山方面へ続くこの稜線は、
東京-埼玉の都県境となっている。
分岐から酉谷山山頂へ。ひと登りだ。



まだ日の出から間もない。


酉谷山山頂から真北へ下る。魔界への入り口だ。






酉谷山から小黒ピークまでは真北へ進み、小黒ピークからは西北西へ。
最初こそ急下りだったが、すぐに緩やかな広い尾根となる。
やがてバス停が見えてきた。

よく見ると薄くなった字で「山火注意」と書かれており、その上に赤で「→」が手書きされている。 「バス停」の奥にはトラロープも張ってある。直進するなと。
そうか、ここで右手へ緩やかにカーブし、再び北上するのだな。






標高差にすれば大したことは無いが、
・・いちいち、危険だ。
前方に次のピークが見える。
コルから登り返すと、前方に大岩。
大岩の袂から振り返り。
迂回するように登ると大岩の上にヒョッコリと出る。


展望がきくピークだ。天気も良い。


10分ほどで次のピークに到達。



昼食にする。
ここは展望のない、細長いピークだ。

だいたいこの看板からして不気味だ。
「熊倉山頂」「海抜1426.5」の下に、なぜわざわざ血の滴るような文字で同じことを手書きしなければならないのか。
さて、この先がいよいよ「聖尾根」。本山行の本番はこれからだ。
幸いにしてまだ11時前。気を引き締めて進むこととしよう。

後半戦のルートを示す。

この地図を出力して貼りつなぎ、情報をいろいろ書き込んで持って行った(下図)。

さて熊倉山頂から急下りを60~70M下ると、トラロープが張ってあり白いアクリルの看板が見えてくる。


落ちている看板は2枚のプレートに割れている。一方は「熊倉山頂」すなわち下りてきた方向だ。
もう一方には「白久に至る」との記載が。

左手へ進むと再び看板がすぐに現れる。





切れ落ちていた!




このような関門が四、五カ所くらいあるという・・・

あれれ。ここが「高根」なの?
現在AM11:14。
先ほどのおっかない大岩の手前の分岐看板にも「高根をへて白久駅に至る」と書かれていたが。
「地理院地形図」と、昭文社の「山と高原地図」を見比べる。 現在地がP1307手前の「高根」とするとそうか、さっきの大岩は「山と高原地図」に表記のある「井戸沢ノ頭」だったのか。 高原地図では「井戸沢ノ頭」を巻くルート表記になっているが、 私は直進して「井戸沢ノ頭」を通過し、大岩を下降してここ「高根」に至ったわけだ。
少し進むとすぐ古い木の看板。赤く塗られていたのだろう。


だいたい「大血川」などという名前が何故ついたのか。怖すぎだろ。
P1307を過ぎ、北寄りに進路をとりながら進むと、やがてえぐい下降箇所が見えてくる。


その後しばらく緩い尾根下りが続くかと思われたが、すぐさま痩せ尾根と尖り岩越えの繰り返しとなる。





まだまだ下らなければならない。 P1165を出発し、標高差にして100Mも下っただろうか。
目の前にロープが張り渡してある。
いったい何だ、このロープは。邪魔だなあ・・・






!!!!!
まっすぐ下ってしまっている。
そういえばさっき、なんとなく跨ぎ越えてしまったロープ。あれは「直進するべからず」だったのだろう。
愕然とするが登り返すしかない。 痛恨のミスに重い足取りで引き返す。
ロープのところまで1時間以上かけて登り返してきた。これが本当に疲れた。


胃袋に重たい石を詰め込まれたような緊張を覚える。
一刻も早く下らなければ。

巻き終わって、大岩を見上げるとロープが垂れている。
本来はこの上からの下降が正解だったのか・・・
崖は左へと続いているようだ。
・・・とにかく急いで進むことだ。
しばらく行くとまたロープがある。



途中の木に朽ち果てて途切れたロープ。この急下降を助けるロープであったのだろうが、これではどうにもならない。



この恐ろしい尾根を、ヘッデンで下らなければならないのか。
コルから少し登り返してPM15:16、おそらくはP802であろうピークに到達。

心臓の鼓動が高鳴り、焦っているのだが、どうしようもない。
P1165を出発した辺りでは余裕があったのに、どうしてこうなってしまったのか。 道まちがいをしてどんどん下ってしまったのが敗因なのはわかっている。でもこうも簡単に追い込まれてしまうものなのか。
今回は土日の山行で予備日は無い。明日は朝から重要会議だから、今日中に何としても家に帰らなくては。

北西方向へ少し下ると、ちょっとしたピークに白いプラ杭。
夕日が迫ってくる。
薄暗くなりつつある中、お聖山へと向かう。
この辺りからもう、写真を撮る余裕は無くなった。
お聖山は右から巻いたように記憶している。

ここから過酷な戦いとなった。
地形図で見ると、お聖山から50Mちょっと下るとコルになる。
そこからP725に向け直登すればよかったのだろうが、なんだか怖くなって先ほどと同じように右に巻いた。 これが恐ろしい岩山のトラバースとなった。
進むにつれどんどんと傾斜がきつくなり、ついには垂直崖面のちょっとしたヘリに足を置きながら蟹バイのように進むしかなくなる。断崖絶壁で落ちたらおしまい。しかもそのヘリには落ち葉がこんもり溜まっている。
左手で岩を掴み、右手のストックで落ち葉をかき落としながら右足を置く。この繰り返しで、巻き終わるのにとてつもない時間がかかった。
巻き終わった時には、安堵感よりも恐怖が心を支配していて、気持ちを落ち着かせるのにしばらくかかった。

左手のガケ下を見ると、ずっと下方に国道と建物が見える。 ちょうど、「遠き山に陽は落ちて~」の音楽が聞こえてくる。
秩父の日没は12/11の今日あたりが最も早く、だいたい16:34頃だ。 まだ空は明るかったが、日没時間は過ぎている。 17:00のチャイムであったのだろう。
さらなる凶事はこの後に待っていた。
猫の額から尾根を20Mほど行くと断崖絶壁になってこれ以上進めない。 ヤセ尾根はかろうじて右へカーブしており、それに沿って進むが、すぐにとんでもない急下りとなる。
途中の木につかまりながら下を覗いたものの、とても下れるような斜度ではなかった。 心臓の鼓動が聞こえてくるようだ。
仕方なく元の「ネコの額」まで戻ってくる。
正面は断崖絶壁。 右にカーブする尾根も100M程で断念。 建物や道路の見えた左側(西側)もガケで、とても下りられない。
完全に詰んでしまった。
唯一右側の扇型になっている急斜面だけが、降りられなくはないというレベル。
しかし扇形はやがて収束し、急こう配の谷となることは必然。 既に薄暗く、あと10分もすればヘッデンなしでは何もできなくなる。 これ以上進むことは躊躇われた。
ビバークを決断する。
スマホは電源が切れかかっている。 会社の携帯を念のために持ってきたので、ヘッデンとともにリュックから取り出す。 すると電波が二、三本立っていた。
ヘッデンを装着し、テント一張り分の「ネコの額」に設営する。
※下は翌朝に撮影したもの。正面のピークがP725。向かって左側を巻いて来た。

次に会社だが、同僚に片っ端から電話してみると3人目で出た。 会議欠席と代休することを断って電話を切る。
明日、朝になって頭をすっきりさせてから、どう打開するかを考えよう。
そうと決まれば食事だ。水が少なかったのでパンなどにして節約。 あとは寝るだけだ。
ここはおそらく標高で700M圏。標高を落とした分、寒くはなかった。
歩き続けたからというより、緊張で疲れが出たのであろう。 この恐ろしい尾根の記憶を反芻する間もなく、 深い眠りに落ちていった。
最恐の秩父聖尾根をゆく リメンバー2023シーズン

あそこの避難小屋はとてもいい。ただもう2回も行っている。

この山域で残っているのは小川谷林道ルートだ。
日原から酉谷山へ小川谷経由で直登するルートで、奥多摩側からのアクセスがよろしいが、
2023年5月に林道の崩落があり通行禁止となった。

ただ、林道を通っているログは数多くあるし、自己責任ではあるが調査も兼ねてこのルートを進む意義はある。
駄目なら引き返せばよろしい。

やはり熊倉山へ行くか・・・
酉谷山から熊倉山を含む山域は秩父でも「魔境」と言われているエリアだ。 とにかく遭難が多い。死亡事故例も複数レポートされている。 これはしっかり下調べをしなければ・・・
ネットで「酉谷山、熊倉山」などと入力するといくらでも山行記録は出てくる。 便利な時代だ。 熊倉山へのルート上、酉谷山のすぐ北側の「小黒」と呼ばれるピーク周辺では道迷い遭難が多発している。
一方熊倉山から北側、秩父側へ下りるルートは複数あるものの、 「城山コース」というのが一般的で、他のルートは荒廃が進んでいるとのことだ。
だが地理院の地形図を見ていると、熊倉山山頂から秩父鉄道終点の三峰口へと北へ伸びる尾根がある。

この「聖尾根」は、登山地図上に登山道表記が無い(地理院地図には途中までルートの記載がある)。 ただ検索すると、ちらほらと山行記録が確認できる。
それによれば、とにかく危険極まりない急峻な尾根であるようだ。 しかも、どの山行記録も<登り>で使われているものばかりで、 <下り>での山行記録が無いのである。 こうなると俄然、そそられてくる訳だ。
かくてルートは決した。
■小川谷を詰めて酉谷避難小屋に1泊、翌日酉谷山から熊倉山を経て聖尾根を下降し三峰へ至る■

12月9日、10日の土日を山行日とする。天気予報は快晴予想。予備日は無いが、1泊2日で問題なく縦走して帰ってこられるだろう。
例によって単独行、小屋泊りではあるが訓練を兼ねテン泊装備を背負っていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
<第一日目 2023.12.9. 土曜日>



天気は申し分ない。最初はロードだ。



「深山由谷の境地」!!!
これも「深山由谷」× → 〇「深山幽谷」だよね。
他の文語も大丈夫かな・・・
先へ進むと鍾乳洞だ。









しばらくは右岸をゆく。
古い橋を渡る。ここでカロー沢を右から合わせる。
橋の向こうを右手に入る道がついていた。進める道かは知らず。左手へ進む。

林道を先へ進むと、見えてきましたよ、問題の個所が。











見上げるとヘリだ!
進んできた林道の右手の尾根上からやって来て、私の頭上を通り過ぎ、小川谷を挟んだ反対側のタワ尾根の方へ飛んで行く。
そしてタワ尾根の小さな支尾根と枝沢を一つ一つ丹念に探るように移動している!
これは遭難事案に違いない。誰かが行方不明になっているのだ・・・
しばし呆然と見ていると、今度は大きく踵を返してこっちへ飛んで来る!
そして私がこれから廻り込もうとする尾根の向こう側まで来て、ホバリングしているではないか。

やがていったん音は遠ざかる。 ゆっくりもしていられないので先へ進む。
支尾根を廻り込むと、左手の小川谷に向け何となく斜めに下りるような踏み跡がある。
この辺りでは、林道と小川谷の落差は100M以上となっている。
急峻な七跳尾根の先端を、小川林道は回り込むように伸びている。

この林道に車が来なくなってどのくらい経つのであろう。 それから今日まで、この林道に何兆枚の落ち葉が降り積もったのであろう・・・。
一つ先の「犬麦谷」にへ向け、林道はヘアピンカーブよろしく大きく山側に入り込む。
すると立派な砂防工事の跡が見られる。

犬麦谷を廻り込む。

林道終端部の広場のようになった場所に近づくと、ヘリの爆音と風はMAXに。
見上げると東京消防庁のヘリだ。
隊員が一人降下してきたのか、広場中央に立っており無線交信しているように見える。
youtu.be 隊員が近づいて来たので「いったい何ごとですか?」と聞くと訓練中だという。
なぁんだよ、訓練か。遭難事案でなくてよかったが・・・、普段見慣れぬ光景と爆音に、こちらは唖然とするほかない。
「どうぞ安全に登山を楽しんでください」と声をかけてもらう。
こちらも帽子に手をかけて挨拶を返す。

この広場部分で小川谷林道は終わりだが、右手へはさらに「七跳林道」が続いてゆく。
そちらの林道も崩壊が著しいと聞いている。
AM11:34、広場を出発する。ここから登山道となる。
ヘリの訓練活動に遭遇し、興奮冷めやらぬところだが、 小川谷ルートは、ここからが本番だった。
まず、いきなりこれ。


これはまだ序の口だった。
ここからしばらくは急斜面のトラバースとなる。斜面の角度はほぼガケといった感じで、巾20cmにも満たない踏み跡が薄くついている。
踏み跡と言っても落ち葉が厚く堆積した、その上が少しへこんでいるような頼りないものだ。 カラカラに乾いた落ち葉は極めて滑りやすい。
左下は100M以上切れ落ちている。 一旦滑ったら一気に下まで行く。
その恐怖!
自分が転がっていく姿が映像のようにイメージされる。
落ちたくない。
ストックで足元の落ち葉を掃き取りながら一歩一歩足場を固めて進むので、恐ろしく時間がかかる。
それでも落ち葉の斜面を100M滑り落ちるより、はるかにましな事だ。
東京消防庁の世話になる訳にはいかないのである。
上写真の様な回り込みでも、ひざがガクガクするような恐怖を味わいながら進まねばならない。
振り返ると部分的に石垣が残っている。一応登山道ではあったわけだ。



もう帰ろうかな・・・
急斜面のトラバースは700~800Mも続いた。


ここは谷底が少し広がった開けた空間だ。平らな地面に立つことができて心底安堵する。
左手が「滝谷」。右が「悪谷」。正面が「酉谷」だ。
ここからは正面の酉谷を沢伝いに進むほかなくなる。
右岸側に石垣などの痕跡がたまにあるが、崩壊が進んでいてとても歩けない。
沢伝いの遡上の方がまだましなのだ。
両側は次第に切り立ってくる。ゴルジュに近い地形だ。


大小の落ち込みを越えてゆく。


倒壊した建物のようだ。
登山地図にあった「旧酉谷小屋跡」というのがこれだろう。

枯沢になって以降、斜面はどんどん急登となる。
夕日が差し込んでくる。
秋深まるこの谷は、美しくなる。
最後はキツいキツい急登をとにかく登る。 登山道はもうどこにあるかよくわからない。
上の方に針葉樹の濃い緑色が見えてきた。
すると右手に、いきなり小屋の建屋と石垣が見えてくる。

小屋には3人ほど先客。あとでもう一人、ルーマニアからの留学生も来た。
本日の行動終了だ。一服してからゆっくり夕食を準備しよう。

小川谷ルート見くびるなかれ。神経をすり減らすトラバースだった。
第一日目の稿、了。
晩秋の八ヶ岳東麓をゆく 2025 <第二日目>
<第二日目 2025.11.2. 日曜日>

それだけでなく、夜半に相当に冷え込んだ。 寒くて何度も寝返りを打ったのを覚えている。
朝起きてテントを出ると、そこら中に雪なのかヒョウなのか一面に積もっている。 寒いわけだ。
上の方は大丈夫だろうか・・・。
AM6:35、出発する。

今日は天狗岳~中山峠~高見石小屋と縦走し、白駒池へ下ってから転進、にゅうを廻り込んで再び稲子湯へ戻る予定だ。
しばらくは急登となる。
硫黄岳方向を見ると、雪雲がかかっている。
案の定、少し登ると雪が出てきた。

やがて森林限界に。そして急登を登りきると標識が見える。
根石岳と天狗岳の間のコルの標識だ。ここで主稜線に出る。

AM7:55。朝日は既に高い。




すぐに出発する。が・・







絶景が広がる。







この時期、雪はまだだろうとタカをくくってアイゼンを持て来なかった。
場所によりツルツルに滑って非常に危険だ。
着雪した樹木が朝日にキラキラと輝く様は神々しいまでだが、
見とれていて足を取られるわけにはいかないのである。

やがて樹林帯に入る。
足元を見れば、


AM9:46、中山峠へ無事到着。休憩しパンなどの食事もとる。
中山峠は登山道十文字交差点だ。左へ行けば黒百合ヒュッテから唐沢鉱泉、右へ行けば昨日通過したしらびそ小屋とみどり池だ。
ピエールさんは北上し、高見石小屋を目指す。
やがて中山(標高2,496M)に到着。AM10:30だ。
案外雪は積もっていた。

AM11:12、高見石小屋到着だ。


食べ終わったら「高見石」へ登らなければならない。
ここのもう一つの名物だ。
高見石からは360度展望がきく。




AM11:45、高見石小屋を出発する。
揚げパンは最高に美味かった。
PM12:05、白駒池到着。
白駒池は火山の溶岩流出による堰止湖だとのこと。新緑も紅葉も美しいことで知られるが、今は紅葉も終わり比較的静かだ。
この一帯はコケが本当に美しい。
湖に別れを告げ、登り掛かる。ニュウの裾野を巻くように進む。
少し登ると湿原が現れる。
池塘があちこちに。
さらに進むと今度は「コケ・ワールド」が広がる。
どこまでも、どこまでも・・・。
やがて道は白樺尾根と交差する。右へ登ればニュウへ、左へ下れば稲子湯だ。
このまま直進し、シャクナゲ尾根を進むことにする。

⇒稲子湯

まだコケ・ワールドは続く。
切り株全体をコケが覆う沢山のコケ・モンスターたちが、山肌全体を埋め尽くしてうごめくように見える。
コケ・ワールドが終わると尾根地形が明瞭となる。
トウヒなどの針葉樹の向こうには、

PM14:35、登山口に到着。
これでちょうど一周してきたことになる。
お疲れさま。
さあ温泉に入ろう。

晩秋の八ヶ岳東麓の稿、了。