北アルプスのマイナールート、餓鬼岳を行く。
10月10日(金)に有休を取り、3連休を使って紅葉と絶景の稜線を燕岳まで歩こうというのだ。
ルートを確認しておく。
長野県は大町市側から餓鬼岳に登り、稜線伝いに燕岳へ縦走して安曇野市側の中房温泉へ下る。
東京からの移動含め2泊3日の山行となる。

先月9月20日~23日は北アルプス北鎌尾根を踏破した。 この時の火傷と転倒による負傷も癒えぬうちになんとなく今回の山行を決めてしまった。 右肘の痛みが引かない。こうも長引くのはひびが入っているからかもしれない。
計画概要は以下の通りだ。
第二日目:餓鬼岳小屋⇒餓鬼岳往復⇒東沢岳⇒燕岳⇒燕山荘幕営
第三日目:燕山荘⇒合戦小屋⇒中房温泉⇒穂高⇒松本⇒東京

第一日目の白沢登山口から餓鬼岳小屋まで、「山と高原地図」のコースタイムは7時間40分が設定されている。
いつもの立川AM7:21発のあずさ1号で行くとしても、松本乗換えで大糸線信濃常盤駅にはAM11:00にしか着かない。
朝一の普通列車を乗り継いで行けばAM10:10に着くこともできる。 が、自宅を4時過ぎに出なければならず、そんな根性は無いわけである。
信濃常盤駅に予約のタクシーを待たせておいて、 電車到着の11時ちょうどに乗り込み白沢登山口に向かう。所要約20分だ。
そこからコースタイム通り登っても小屋到着は19時、 10/10の日没時間が17:20頃だから、真っ暗闇になってしまう。 せめて7時間ぐらいでは登り切りたい。 それでも最後はヘッデンをつけることになるだろう。
一方天候はというと、初日は大きな崩れは無い予報だ。 ちょっと危なっかしいが、この行程のまま行くことにした。
例によって単独行、全天泊だ。
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<第一日目>
大糸線の電車は信濃常盤駅に予定通り11時ちょうどに到着した。
アルプス第一交通のタクシーはちゃんと待ってくれていた。
タクシーは国営アルプスあずみの公園(大町・松川地区)の横を通り抜け、白沢登山口(餓鬼岳登山口)にAM11:16に到着。
話好きの運転手殿に見送られてAM11:19、出発する。
本日前半のルートを示す。

登山口からしばらく進むと道は左手へ曲がって下りるようになり、白沢に出て右岸へ渡る。
ここには橋が架けられている。
橋にはやや不気味な案内板がぶら下がっている。

この山域には餓鬼が棲むという。
「餓鬼」とは何か?
一般に「ガキ」というと、子供に対しての蔑称だ。
「このクソガキ」「ガキ大将」「手に負えないガキだ」etc.
しかし本来は、仏教の世界の言葉だ。検索すると、
「餓鬼とは「六道」の一つである『餓鬼道』に落ちた亡者のことで、生前に強欲で嫉妬深い行いをしたことへの報いとして、常に飢えと渇きに苦しみ、食べ物や飲み物を求めてさまよう」 「食物を手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされることがない」
などと書かれている。
まるで自分のことを言われているようでバツの悪い気もする。本当に居るのだろうか、そんな連中がこの山域に。
仮に居たとしても、イラストのように花束でも持って、こころよく出迎えてくれるものだろうか。
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さてルートはというと、右岸側のガケの側面をへつるように、岩に取り付けられた角材の上を渡ってゆく。







大岩を乗っ越すとまたしても餓鬼現る。





何という滝だろうか・・・





背の高い滝が見えてきた。
PM12:47、魚止ノ滝到着。

滝の左手にも、もう一つ滝がある。


滝を後にする。
滝壺よりも20Mくらい手前から左手の急斜面を高巻きする。
魚止ノ滝のさらに上流側へ登りあがる。
するとさらに滝だ。
滝までいったん下る。
これも危うい下降だ。





次々と滝が連続し、その袂を登る。
登りきると、また奴だ。
やたらおせっかいを言ってくる。

標識が見えてくる。
最終水場到着。PM13:27だ。
小休止することに。
ペットボトルとキャリーに給水した後、軽い食事をとる。
ベンチに腰掛けてパンをかじりながら、ビニールの入れ物に入った汚れた案内板を見る。

これまで遡上してきた白沢は「三途の川」となっており、順に「賽の河原」「餌食の回廊」「審判の滝」「生贄の渡渉」「再生の苦行」「煩悩の分岐」などと名前がついている。この最終水場はさしづめ「転生の水」だろうか・・・
PM13:42、出発する。
ここから大凪山まで、急登が待ち構える。
できるだけ標高を上げて日没を迎えなければならない。
水を積んだので、リュックが重い。


午後になり、だんだんと雲が出てきた。


最終水場からはやはり2時間近くかかってしまった。
大凪山標高が2,079M。白沢登山口が993Mだから、1,100M近くを登ってきたことになる。
この辺りまでくると、赤く色づいた木々も見られる。

後半ルートを確認する。

PM15:45、出発する。

けれども、

小ピークまで来た。
またしても案内板が。


登り進める。
次第に傾斜は増してゆく。
ふと後ろに気配を感じ、振り返る。
誰もいない。
いや、確かに影が、小さい影のようなものが、私の視線から逃れるように走ったと思う。
あの木々の奥の赤い世界との狭間に、紛れているのだな。
カサカサと音がして、小さなものが動く。
素早く振り返っても、手先なのか足先なのかその一部だけが、残像のようにわずかに見えるだけ、その繰り返し。
この感覚はしばらく続いた。
やがて明瞭な尾根筋となる。2250M圏か。

左手には白ザレの崩壊地斜面。

だんだんと急な尾根筋となる。
そして右へ廻り込むように登り進むと、

既に薄暗く、あと標高差300Mも登るので暗闇となるのは確実。 ヘッデンを装着しなければならないが、どこに入れたかわからない。 メガネを外していったん脇に置いたのだが、それも次の瞬間にはどこか見当たらなくなる。
餓鬼の仕業だ。

リュックの底からヘッデンを引きずり出し、メガネをかけなおして百曲がりへ突入する。
辺りは一気に暗くなった。
あと10分もしないうちに真の暗闇が訪れる。
ここからは、ヘッデンの照らす踏み跡のみが頼りとなる。
餓鬼がまた悪さをしないだろうか・・・
これから急斜面をジグザグに100回曲って登るのだ。 数えてやろうか。
完全な暗闇の中、ゼイゼイ言いながら登ること1時間、少し傾斜が緩みだした。
すると遠くに明かりが見える。 小屋の明かりだろうか。 それとも餓鬼が、私を惑わすような悪さをしているのか。
進むこと5分ほど。はたしてそれは小屋の電球の明かりであった。
餓鬼岳小屋到着はPM18:25。 小屋のご主人は「いったいどんな時間に登ってきたのか?」とあきれていたが、 テン場とトイレの場所を案内してくれた。
小屋には2~3人の宿泊客がいたようだが、 自分は小屋から100Mほど燕岳方面へ進んだテン場へ向かう。 月も無い夜だが、安曇野方面の市街地の明かりは見えた。
ヘッデンの明かりで急いでテントを組み立て、食事を作って食べる。 食べながら思い出す。最後の百曲がりで真っ暗闇になってからは、不思議と餓鬼たちは悪さをしなかったな・・
明日、天気は崩れそうだ。早く寝よう。
第一日目の稿、了。