エピローグ 北鎌尾根での遭難事案について

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北鎌尾根は踏破した。

槍の穂先への最後の登攀では、岩に挑むことへの確かな高揚感が自分の中にあった。 また山頂にたどり着いた刹那には、歩き切ったことへの大きな達成感に包まれた。

我ながらよくこの尾根を渡ってきたものと思う。

けれど過酷すぎるルートと恐怖からくる緊張で、私はとても疲れていた。 山頂から長梯子を下り、鎖を伝いながら槍ヶ岳山荘まで降りてくる頃には 本当にクタクタになっていた。 そして今頃になって極端に腹がすいていることに気付いた。

PM14:04、槍ヶ岳山荘になだれ込む。

何か食べ物は無いかと聞くと、モツ煮かおでんならまだ残っているという。 即座に両方注文し、むさぼるように食べ尽くした。

PM14:43、槍ヶ岳山荘を後にする。

槍ヶ岳山荘を後に
いい時間になってしまった。 ゆっくりし過ぎで時間の計算を間違えている。 この調子だと日没までにババ平にも着くかどうか。

(ババ平までコースタイム約3時間、日没時間はふもとで17:57だ)

15分ほど下った殺生ヒュッテの辺りから穂先を見返す。

槍の見返し
殺生ヒュッテ

最終水場を過ぎたあたりだろうか。最後にもう一度槍を見上げる。 自分は確かに、あの穂先の右側を登ってきたのだ。

PM17:12、ババ平キャンプ場到着

<帰りのあずさ号にて>

翌日、朝6時にババ平を出て上高地へ。 そしてアルピコ→電鉄→あずさと乗り継いで東京へ帰る。

いつもと同じだ。

いつもと違うのは特急あずさ号に乗り込み、スマホを充電しながらニュースを見始めてすぐのこと。

北アルプスで行方不明となっていた遭難者が昨日9/22日、他でもない北鎌尾根で遺体で発見されたというのだ。

以下、記事を引用する。

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9月22日 18時28分配信 香川 NEWS WEB

槍ヶ岳で遺体を発見 高松の男性と確認

長野県と岐阜県にまたがる北アルプス槍ヶ岳穂高連峰に登山に訪れたあと連絡が取れなくなっていた高松市の33歳の男性について警察は22日も捜索を行い、午前中、槍ヶ岳で1人が遺体で見つかりました。 警察が身元を調べたところこの男性と確認されたということです。 警察によりますと、死亡が確認されたのは高松市の公務員、Hさん(33)です。 Hさんは今月17日に北アルプス槍ヶ岳に1人で入り、20日下山する予定でしたが連絡が取れなくなり、 警察が21日に続き22日もヘリコプターで捜索を行いました。 そして午前11時前、槍ヶ岳の標高およそ2800メートル付近の北鎌尾根でHさんを見つけたということです。 警察は現場の状況から滑落したとみて、詳しく調べています。

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9/22(月) 17:22配信 NBS長野放送

約150m滑落か 香川県の33歳男性が死亡  北アルプス槍・穂高連峰に入山、行方不明に  槍ヶ岳の北鎌尾根で発見  9月17日「登り始める」と家族へのメッセ―ジを最後に連絡取れず

警察によりますと、22日午前11時前、遭難者を捜索中、長野県警ヘリが、斜面に倒れている男性の遺体を発見しました。 現場の状況から男性は稜線から約150メートル滑落したとみられるということです。 発見された遺体の身元は北アルプスの槍・穂高連峰に入山し、行方不明になっていた香川県高松市の公務員の33歳男性と判明しました。

警察によりますと、20日午後3時前、男性の家族から「登山に行ったまま連絡が取れない」と警察に届出がありました。 男性は17日に1人で上高地から入山し、槍ヶ岳奥穂高岳西穂高岳を経て20日に下山する予定でした。 しかし、17日の朝、「登り始める」という内容のメッセージが家族に届いたのを最後に連絡が取れない状態となっていました。

警察は、熟達者向けの北鎌尾根などで遭難した可能性があるとみて、県警ヘリなどで捜索していました。

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第三日目の稿で書いたように、9月22日に私が第15峰を登攀中、 長野県警のヘリが稜線下の谷筋でホバリングしているのを見ている。

まさにこの時、遺体が収容されていたものと思われる。

痛ましすぎる報にふれ言葉もない。

情報では9/17(木)朝から登り始めたとある。

上高地から入山し、私と同じルートをとったとすれば、 33歳の男性だから当日中に北鎌沢右股のコルか、最低でも北鎌沢出合あたりで幕営したであろう。

そして翌9/18(金)、北鎌尾根核心部を進んだに違いない。

当日の気象データを見る。

気象庁HPより
槍ヶ岳山頂のデータは無いので、参考に信州側穂高町のデータとなるが。

これによれば9/18当日の天候は、終日曇り。 日降水量4.5mmと少ない。 風向きは北北西が優勢、最大風速5.4m程度とそれほどでもない。 気温は高く最低気温で18度もある。

これが上高地では、12時頃に時間20mm程の雨が降っている。

山頂付近はまた異なったであろうが、とはいえそれほど過酷な気象条件とは思えない。

思うに彼は、第15峰を千丈沢側に巻いたのではないか。 そしてそのままトラバースを続け、尾根に復帰する前に険しい谷筋で進退窮まったのではなかろうか・・・ 以上は推測にすぎない。単純な落石だったのかもしれない。

だが何にせよ彼が本峰頂上を踏むことは叶わなかった。

後のニュースでは、ちょうど彼の奥様が出産間近で里帰りをしているタイミングに合わせて、 この山行を計画したと書かれてある。

この北鎌尾根を経て、槍ヶ岳から大キレット、奥穂高、西穂高までを進む、 おそらくは国内最難関ルートを全て踏破する過酷な計画であったということで、 マスコミやSNSではかなり批判的なコメントもあったようだ。

不適切かもしれないが、私には彼の気持ちが何となくわかる気がする。

ただ無念、としか言いようがない。 最後に見上げた空は、何色であったことか。 2025年北鎌尾根の稿、了。