三日目は二度寝で始まる。

ハッと気づいたら5時前だ。出発時間だろ。 これでは槍までたとり着くまい。後の祭りか。
テラスに出るとちょうど日の出だ。山々は一つずつモルゲンロートとなる。昨日土砂降りの中降りてきた山荘南側の岩壁もオレンジ色に染まっている。いい天気になりそうだ。

急ぎ乾燥室まで行き雨具などを回収する。ありがたいことにほとんどは乾いている。 登山靴はまだ濡れているが、歩いているうちに乾くだろう。 荷物をまとめ、山荘1Fのテーブルを借りて朝食を作る。 ほとんど食欲がないので、フリーズドライのみそ汁だけにする。 山荘スタッフに天気を尋ねると午後から崩れるそうだ。
無理にでも槍ヶ岳到達を目指すか、とにかく北穂まで進んでから最初の判断をしよう。 大キレットを越えて南岳まで進み、そこで最終判断だ。 時間と、天気と、その他もろもろ。
AM6:30 出発する。
まずは目の前の涸沢岳だ。 右にザイテングラート、左に白出沢を見下ろしながら、テン場の横をすり抜けるように登り始める。

登り途中に白出沢方面から、ヘリのローター音がけたたましく聞こえてくる。 救難活動ではない。荷揚げのヘリだ。

涸沢岳には20分ほどで到着する。標高3110M。 時間がないとの焦りからか、山頂標識の写真も撮らずに進む。
すぐにこのような岩峰が現れる。

ここから先も、このような切り立つ岩稜帯が連続する。


さて本日最初の鎖場に突入する。ここも滑落リスクをはらんで非常に危険だ。

手前の石には矢印で「北ホ」と書いてある。 わーかっとるわい、そんなことは!


下写真は鎖場途中で足場を固めながらカメラを取り出して北穂方面を撮ったもの。 奥に大キレットも見えるが、その前に手前の最低コルまで降りなければならない。 その険しさにビビり倒すが、昨日ジャンダルムを越えてきたことを思い起こし気持ちを奮い立たせる。

D沢のコル(3030)らしき場所を通過したが涸沢槍(3044)がどれだかわからない。 それだけ余裕がない。


草木も生えぬ岩稜帯の長い下りで、どこにも気の抜ける場所がない。
さらに下るが、写真左の鎖の先に梯子が見えている。 その先もまた垂直岩壁だ。思わず戻しそうになる。

死なないぞ、俺は死なないぞ。

ハシゴは2段あった。自分の心臓の鼓動が聞こえるようだ。

上の写真は振り返って撮ったものだが、最低コルまでまだ下りが残っている。
鎖もなく少し傾斜は緩むが、こういうところがむしろ危ない。

涸沢-奥穂間の最低コルは標高2,945M。 涸沢岳山頂から標高差約160M、直線距離だとわずか400M程だが、コースタイム1時間が設定されている。 AM8:15コル到着。15分オーバーだ。

コルから50Mほど登り返すと「奥壁バンド」となる。

先ほどのクライムダウンほどの恐怖は感じないが、岐阜側に回り込んだところがとにかく急斜面のトラバースだ。 滑落するわけにはいかない。


もう一度涸沢岳北面を見返す。

バンドを通過するころには晴れ間が見えてきた。 おお~っ、槍の穂先が見える。

振り返えると、昨日奥穂高岳本峰から山荘までの下降ルートもうっすら確認できる。
こうしてみるとかなりの急斜面に見える。土砂降りの中、よく滑落しなかったものだ。
いまさらながらにゾッとっする。



まだまだ登る。





やっとドームの向こう側へ出たようだ。


北穂テン場分岐に荷物をデポし、南峰へひと登りする。
南方に到着。標高3,106M。北峰とどっちが高いんだ?

槍はと見ると、南岳からの登山道が見えるほどだ。



南峰~北峰間は20分ほどかかる。 北穂テン場を見下ろしながら進むと、「松涛岩(まつなみいわ)」の下部に着く。

北峰到着。AM9:45。誰かに写真を撮ってもらう。得意満面のピエールさんだ。

北峰標識にも3,106Mとあるが、別の資料では北峰標高を3,100Mとしているものもある。

天気よく、これから進む恐ろしいルートもよく見えている。



記念撮影後に数メートル下の「北穂高小屋」へなだれ込む。

結構人が多い。アルパインクライミングの人もいる。
だがそんなことより、疲労困憊だ。
ここまでまずまずのペースで進んできたが、
ただの一か所も気を抜くことのできない緊張感の連続とエネルギー不足で、ほとほと疲れてしまった。

後半戦に向け鋭気を養うべく、おいしいドリップコーヒーとおいしいシソジュースまで頂いて、大休止となった。
テラス下はかなりの急斜面、それも落石を起こしやすいガレ場と見る。
真下に、登ってくる登山者が見える。

さて後半戦は核心部の「飛騨泣き」「長谷川ピーク」と続く大キレットを越え、南岳・中岳・大喰岳の三つの3000M峰を経て槍ヶ岳を目指す。 だがどうも休みすぎたようだ。 小屋発はAM10:19となった。


