★2019年のGW後半、かねてより考えていた奥秩父主脈を5日間かけて縦走した。
下記リンクから、縦走ルートを確認できます。
※本稿の地図には、国土地理院地図タイルを利用しています※
https://jadwigalareve.github.io/around_mt_kumotori_map_2019_05/index.html?longitude=35.813776&latitude=139.065714&zoom=13
◇マウスで拡大縮小できます◇
★2019年のGW後半、かねてより考えていた奥秩父主脈を5日間かけて縦走した。
下記リンクから、縦走ルートを確認できます。
※本稿の地図には、国土地理院地図タイルを利用しています※
https://jadwigalareve.github.io/around_mt_kumotori_map_2019_05/index.html?longitude=35.813776&latitude=139.065714&zoom=13
◇マウスで拡大縮小できます◇
とにかく無事に5日間の縦走を終えることができて、何よりだった。大きな達成感も得られた。
初日の雨と、4日目の落雷と吹雪には参ってしまったが、それでも概ね天候には恵まれた方だと思う。
GWの後半に山行スケジュールを持ってきたのは、積雪量その他の面で(特に甲武信から国師へ抜けるルートでは)なんとなく有利か、という考えがあったからだが、大弛小屋のご主人にふるまい酒を出してもらって、
「そうだった、令和元年初日にこの山行は始まったんだ」
と思いだした。
別にねらった日程というわけではない。
だが、記念に残ることではある。
一方、代償もあった。
韮崎駅につく頃には、右膝が痛くて改札を通るのにも支障をきたした。特に階段を降りられない。
翌日朝起きると、両足が腫れている。
足の指の間の隙間が、ない。象の足のようだ。
その日(5/6)が月曜の祝日でよかった。やはり予備日は必要だった。
翌火曜日からはもちろん出勤だが、朝自分の足を見ると、足首がない。
ふくらはぎからかかとまで、同じ断面になるほど腫れている。
革靴が入らず、緩めの古い靴を出して履いた。
膝の痛みは増すばかりで、10日間は腫れと痛みが引かなかった。
今回の山行の総括が、やはり必要だろう。
出発前日の睡眠時間が2時間半というのは、もってのほかだ。
それにいずれの日も、午前7時より早く出発できなかなった。
「登山にはあるまじき行為」にも程がある。早い人ではAM3時半ぐらいから歩き出す人もいるというのに、これでは遅すぎる。
アルプスでもどこでも、こんなことをしてたら「帰れ」と言われる出発時間だ。
大弛小屋でA氏やB氏と話した際、
「自分は準備の要領が悪いのか、起きてからどうしても2時間はかかってしまう」と言うと、
「いやあ、みんなそのくらいかかりますよ。もっと早くおきなきゃだめなんです」と言われた。
おっしゃるとおり。
起床後、着替え・片付けをし、食事を作って食べ、テントをたたみ、荷造りをして、トイレ、水くみなどしていれば、2時間ぐらいは皆かかるようだ。
朝5時に出るためには3時には起きなければいけない、ということ。
これ、常識。
昼食(行動食)には一層の工夫があってよい。
昼食はいちいちお湯を沸かして調理している暇がない。しっかりとエネルギー補給する上でも、行動食はもっと充実化すべきだ。
A氏が言っていた顆粒のアミノバイタル。
最近では冬の北アルプスにも一般の登山者が入る時代だ。ベテラン登山者からすれば、この縦走も大したことはないかもしれない。
だが自分にとってのささやかな偉業を、今回は達成したと思っている。
歩んできたあの山なみの光を、忘れることはないだろう。
<第五日目>
大弛小屋(07:02)→朝日岳→金峰山→大日岩→富士見平→瑞牆山荘
五日目前半地図
◇マウスで拡大縮小できます◇
大弛峠。快晴の予感。
朝起きる頃には、もうB氏は旅立たれた。
間もなく、A氏も。
向かう方向は同じ瑞牆だし、増冨の湯あたりであえるだろうと、この時は思っている。
朝食をつくり(朝食は自前)、ご主人にお礼を言って小屋を後にする。
どーしても、7時過ぎ出発。
小屋前の斜面を下ると、峠に出る。
舗装路は山梨側からここまでで、長野側はダートになる。
駐車場脇から登山道へ入る。
朝日岳へ、登り始める。
右足の膝の痛みは相変わらずだが、晴天が励ましてくれる。
木々の間から富士。
もいっちょ、富士。
山々を従える、孤高の稜線。美しい。
そして、遥かに南アルプス。
ズームアルプス!甲斐駒か。
再び富士。
ガレ場に雪が被っている。
北に目を向ければ、浅間山が見える。
そして東には、歩いてきた峰々。
右奥から雁坂嶺、東西破風山、木賊山、甲武信ヶ岳、埼玉県最高峰の三宝山、左から右手前へ伸びるのが昨日歩んだ国師への道。中央の凹んだところが国師ノタル、その先でカミナリにあった。
今日の晴天からは想像もつかない。
本当にあったことだろうか?
08時50分、朝日岳山頂。
それと、輪っかのとれたストック。
富士にたなびく雲。
向かう先には南アルプスだ。
鉄山(左)と右に金峰山。
遠くにアルプス。五丈岩もよく見える。
八ヶ岳がよく見えてくる。
大迫力の富士。
稜線にはまだ残雪が多い。
鉄山の樹林帯を抜けると広い展望となる。
金峰頂上が近づいてきた。
五丈岩が大きく見えてくる。
金峰山山頂。10時02分だ。標高2599M。
何度でも撮りたくなる富士!
そして、五丈岩。
国師方面。だいぶ遠くなった。
八ヶ岳!
これから進む、有名なギザギザ稜線。
遠くには南アルプス。さらに西には中央アルプスも。
左は瑞牆山。右が小川山。
実は余裕があれば、4日目に甲武信から金峰小屋まで行き、5日目に八丁平から小川山へ、そこから稜線を瑞牆山へと進んで、瑞牆山から下山しようとも考えていた。
そのために地形図も準備してきた。
だが自分の体力的にも難しかったろうし、第一あの雷と吹雪では、そんなオプションは一瞬で吹っ飛んでしまった。
五丈岩の大きさが、写真ではなかなか伝わりづらいだろう。
鳥居と登山者が数名見える。
テッペンまで登る輩もいらっしゃるそうだが、自分はゴメンだ。
まだ10時30分だ。コーヒーを入れて少しゆっくりすることにする。
五丈岩の脇で神奈川から来ているという「C氏」に写真を撮ってもらう。
コーヒーカップを片手に得意満面・・・のつもり。
国師・甲武信もこれで見納め。
こちらが金峰山頂。
五丈岩のテッペンと、どっちが高いんだろう。
勇ましい姿。
手前の石だけでも巨大だ。
八ヶ岳。中央が赤岳か。
甲斐駒ヶ岳方面だと思いますが、・・・
登山道は十文字になっている。
南へ下る昇仙峡方向のルートもあるようだが、崖のようなこの斜面を行くルートがあるのですな。
五日目後半地図
◇マウスで拡大縮小できます◇
金峰を後にする。
ギザ尾根を下ってゆく。
ここから瑞牆山荘まで、標高差およそ1100Mを一気に降りる。
山頂方向見返し。
遥か下に見えるのが瑞牆山荘辺りだろうか・・・?
どんだけ下るんだよ。
ギザ尾根の先に瑞牆山も大きく見えてきた。
大日岩も見える。
五丈岩ほどでなくても、大岩が連なる。
右膝の痛みはひどいものだったが、今は降りなきゃ帰れない。
金峰小屋分岐まで来た。標高2470あたり。
登山道に雪が付いていくる。この先でアイゼンを装着する。
だいぶ下ってきた。
人気のルートなので、登山客も多い。続々と登ってくる。
千代ノ吹上というところ。
なかなか足がすくむところだ。
足下がえぐれているのか・・・
砂払ノ頭から。八ヶ岳が本当によく見える。
樹林帯に入る。美しい森だ。
樹林帯の合間から、とつぜん巨大な岩が見えてくる。
大日岩だ。
いつの間にか13時04分になっている。特に下りでは膝の痛みは増すばかりだ。
ここで金峰山頂は見納めだ。
標高2180M付近。420Mほど降りてきたこととになる。
五丈岩、そして金峰よ、ありがとう。
大日岩の左を巻くように下っていく。
ちなみに八丁平へは、大日岩の右を巻くように登る。
登山地図にはわざわざ、「岩場のトラバースが極めて危険」と書かれている。強い表現で注意を喚起しているわけだ。
13時38分、大日小屋通過。
帰りに増冨ノ湯で、ひとっ風呂浴びたい。
それには、瑞牆山荘前15時20分発のバスに乗らないと、そのあとのバスがない。
だんだん焦っってきた。
富士見小屋。14時10分だ。トイレを使わせてもらう(有料)。
大日小屋から富士見小屋までも、ここから瑞牆山荘までも結構な急下りだ。
大日岩を過ぎてから、右膝は悲鳴を上げ続けている。
しかし・・・
ついに山荘の赤屋根が見えてくる。
歩ききったぞ!
14時39分、瑞牆山荘到着。
ああ、とうとうここまで来た。
ストックを天高く突き上げる。
5日間、奥多摩駅から奥秩父主脈をとうとう歩ききった。
雲取〜笠取〜甲武信〜国師〜金峰と繋いでここまで。
家族で来ている子供だちもいたが、きょとんとしてこちらを見ている。
かまうものか。おれはやったんだ。
バスの時間まで山荘でコーヒーでもと思いカフェのテラス席へ行くと、金峰山頂で写真を撮ってもらったC氏がいるじゃないか。
お互い無事の下山を喜ぶ。
バスを待っていると、山ガールが2〜3組集まってくる。
C氏から、自分が奥多摩から来たと聞いて驚いている。
「え〜っ、東京から歩いてきたんですか?」
「ほんとにい!」
すこし得意になる。これも悪くない。
A氏やB氏はどうしただろう。この後も会えなかった。
特にA氏とは、石尾根からずっと同じ道を歩んできた。
たぶん、2本ぐらい前のバスで帰ったのだろう。自分より出発時間も、歩くペースも早かったしな・・。
このあと寄った増冨ノ湯でも見かけなかった。
なんとなく、この瑞牆山荘あたりで再開できるものと思っていたのだが。アドレスぐらい聞いておけばよかった。
このブログを見てくれないものだろうか・・。
帰りのバスは、ミツバツツジの咲き誇る美しい渓流を、韮崎まで下っていく。
やがて、南アルプスの巨大な山塊が見えてくる。
もう、しばらくどこの山にも登りたくない・・・と思いながらも、ゆれるバスのなか、心地よい疲れのなかで、次にはアルプスへ・・なとど考えている自分がいる。
とにかく今は山を降りて、家に帰ろう。
<第五日目 終了>
<第四日目>
甲武信小屋→甲武信ヶ岳→富士見→両門ノ頭→東梓→国師のタル→国師ヶ岳→北奥千丈岳→大弛小屋
◇マウスで拡大縮小できます◇
寒くて、寝返りを打つたび何度も目が覚めた。
5時過ぎまでシュラフにくるまって、ぐずぐずしている。
寒いので、テントはそのままに小屋へ行って、またおでんをいただくことにした。
そして急いで準備をしてテントを撤収する。
さすがにおでんだけだと足りないので、小屋前のテラスで食事を作る。
そこへ、思わぬことにあのA氏が現れ、再会を喜ぶ。。
あの、石尾根で抜かれ、雲取避難小屋で再会して以来、ここまでつかず離れずでお互い来たわけだ。
「あ〜、どうも。ここにお泊りでしたか」
「いえ、降りたところに避難小屋があるでしょ。ここからだとちょっと距離ありますけど、そこで泊まって朝から上がってきたんです」
「そうでしたか。またお会い出来ましたね。大弛までですか?」
「そうです」
「僕も、飯食ったら行きます。」
「では、後ほどお会いしましょう」
「そうしましょう。お気をつけて」
この時は、なんだかうれしい気持ちになったのだが、あとでびっくりすることに気がついた。これは後述することにする。
出際に、せっかくなので小屋のご主人(息子さん?)と写真を取らせてもらう。
「大弛小屋のご主人によろしく伝えてください」
といって、送り出してもらう。
さて出発だ。トイレを済ませ、水も汲み、アイゼンを装着して、あ〜やっぱり7時だ。
せめて6時には出なさいよ。
07時24分、甲武信ヶ岳山頂到着。標高2475Mだ。
山ガールに写真を撮ってもらう。
ここは、言わずとしれた三国境にして三川分水嶺だ。
甲斐・武蔵・信州の三国の境目であり、それぞれへと流れる富士川・荒川・千曲川が別れる場所でもある。
甲武信ヶ岳山頂より。
これから向かう国師までの尾根の全貌が見渡せる。
今朝は冷えたが天気もよく、よし、国師ヶ岳と、奥秩父最高峰の北奥千丈岳山頂(2601M)を踏むぞ、と決意を新たにする。
まさか、後にあのようなことになろうとは想像もできなかった。この時は。
分岐到着。
写真右は、千曲川源流地点を経て、毛木平へのルートだ。
国師へは、写真奥側へ進んでいく。
07時52分だ。山頂でゆっくりしすぎたか。
水師のあたりか・・・
この先の尾根は、だいたいこんな感じだろう。
(2373)富士見到着。
09時22分にもなっている。少し焦る。
写真のように、甲武信から国師にかけては、本当に倒木の多いコースだ。
ここで、90°左に折れる。
本日のルートでは、3箇所ほど90°ターンがある。
(2263)両門ノ頭に着く。10時02分だ。
展望ポイントなので少し休む。
天気もよく、国師・金峰方面もよく見える。
写真中央の残雪あざやかなピークが、金峰山だ。
いよいよ見えたか。
左は朝日岳か。
両門ノ頭の目の前が塩山尾根。
左が鶏冠尾根。・・・ということになっている。
足元のすぐ先は切れ落ちている。手すりはもちろんない。
さて、ここから先へ進むにはどこから行けばよいのか?
正解は、この写真のがけの先右下へ降りる。
これがわからずに、一旦100Mほど戻ってしまった。
こういうのが一番しんどくなる。
東梓から国師ノタルあたり
◇マウスで拡大縮小できます◇
東梓手前の、90°ターンのポイント。
写真のようにロープを張ってくれている。 なんだか曇ってきた。
おやと思うと、パラパラとひょうが降ってくる。
急に寒くなってきた。随分遠くでゴロゴロと音が聞こえたような気がする。
(2271.8M)東梓に到着。11時28分だ。
気温が下がって風が出てきた。
グローブを出す。
季節にはヤマシャクナゲが美しいことだろう。
このルートはしかし、道迷い遭難が起きやすいエリアだ。
今は残雪があり踏み跡をトレースできるので、アイゼンは必要だが逆にルートはわかりやすい。
雪がなくなると途端に、人気もなく踏み跡のうすい迷い道となるのだろう。
(2224)か。
また、ひょうが降りだす。
雷鳴がはっきりと聞こえてきたが、まだ尾根の東側で比較的離れているようだ。
しかし、樹林帯の中にもかかわらず、冷たい風が吹き込んでくる。強い寒気が流れ込んでいる感じだ。
雷が近づく前兆としてよく言われることなので、何か嫌な感じがしてきた。
12:17分、国師のタルに到着。標高約2155M。
簡単な昼食を取る。
ここから、標高差にして約450Mちかく登る。
ひょうだったのが、ほとんど雪になってきた。
雨具を出す。
それにしても、本当に倒木が多い。
標高が上がるにつれ、あたりも残雪が深くなってきた。
そしてはっきりとした雪になってきた。
だが、それよりももっと恐れていたことが現実となる。
ごろごろとした大きな雷鳴が、尾根の東からだけでなく、反対の西側からも聞こえ、それも間近に迫ってきた。
ひゅうひゅうという風切音。
そして、パッと光って後に「どーん」という大きな音がするのが、間隔がせばまってきた。
そしてついにその時がくる。
閃光とともに
「ドカーーーン」(!!!)
という炸裂音、というか爆発音。
ーーーミサイルでも着弾したようなとてつもない轟音。
一瞬あたりが白く煙ったような・・・。
その場に倒れ込むように伏せる。
耳がキーンとする。
距離にして、100Mか、200Mか・・・。
体がガクガクと震えているのがわかる。
もちろん寒いからではない。
そのまま動けなくなった。
どうすればいい、どうすればいい。
とにかく、ストックを3Mくらい放り投げて、伏せたままでいる。
間もなくまた、「どーーん」と近くに落ちる。
20〜30分動かずにいた。
写真は雪面にへばりついた姿勢から起き上がろうとした途端に、アイゼンで雨具のズボンを引き裂いてしまったものだ。
シャアアアーーーーーッと、派手な音がした。
雷はだんだんと落ちる間隔が長くなり、少し遠ざかったようだ。
さて、どうするか。
どうするもこうするもない。
このコースには、エスケープルートはないのだ。
それにこんな時間から、甲武信小屋まで引き返せるわけでもない。
進むしかないんだ。
それに雷がすこし遠ざかっても、今度は本格的な降雪となってきた。
もはや停滞は許されない。さっさと登れ。
国師ノ肩のまだ手前。2465ポイントだと思う。
ゴールデンウィークの風景だ。
右のほうが国師かな・・
リュックに雪が積もっている。
リュックカバーを出すのも忘れている。
天狗尾根か。
・・・また雷が近づいてきた。空じゅうでゴロゴロ言っている。
ふと、「尾根筋にこれだけ倒木が多かったのは、雷の直撃で樹木が根本から折れたものか・・・」という考えに行きつく。
自然と足早くなる。やばいぞ、やばい・・。
つんのめりそうだ。
完全に冬の風景・・(下写真)。
これがゴールデンウィークの風景だ。
西の空に、一瞬晴れ間がのぞく。
この標識、国師ノ肩か。
正面が、今度こそ国師だろう。
吹雪になってきたぞ。
あれか、頂上標識は。
15時23分、国師ヶ岳到着。標高2592Mだ。
さて時間も押しているが、北奥千丈岳はどうするか?
吹雪は止む気配がない。
だがここまで来て、奥秩父最高峰を踏まずに帰るのか。
いいや、それはナシだ。
意を決し、分岐で荷物をデポして、ピストンを決行する。
15時33分、北奥千丈岳。標高2601M。
ついに、ここまで来てやったぞ。
左が国師ヶ岳。写真では向こうがむしろ高く見えなくもないが、標高差で約9Mこちらが高い。
一瞬、朝日岳方向が見える。
この先は、奥千丈岳への尾根が続くが・・・もちろん引き返す。
奥秩父最高点は、確かに踏んだぞ。
吹雪が激しくなってきた。
分岐に戻ってきた。
木の下にデポしたリュックが、だいぶ雪を被っている。
埋まった標識に、「大弛峠」の文字が。
ここから210Mほど下れば、大弛小屋だ。急ぐぞ。
降雪で、トレースが消えてしまうことを考えると空恐ろしい。
右が北奥千丈岳。
こっちが、国師かな。
甲武信方面が見える。あゆんできた道。
さて、ここからの下りで、またしても事件が。
積雪が深いところもあり、時に太もものあたりまで踏み抜きながら歩いていたのだが、ある瞬間にアイゼン同士が絡まって、両足首が固定されてしまい、前のめりに倒れてしまう。
顔面強打はなんとか免れたが、ストックが手首近くまで埋まってしまい、引き抜いたら先端の輪が抜けてしまった。
いくら掘ってもわからず、諦めることにした。
しばらく行くと、木段が現れる。
久々の人工物を見て、安堵が広がる。
着いた。ははは・・生きているぞ。
大弛小屋。16時19分到着だ。
「こんにちは」と扉を開けると、入り口のストーブ脇に、A氏がいるじゃないか。
むこうも、「お〜〜っ」。
こっちも、「お〜〜〜っ」。
小屋のご主人に、
「すみません、今日小屋泊したいんですが。」
「いいですよ、ただご飯は?」
「ご飯もいただきたいんです。」
「準備がもう終わっちゃうんだよね・・」
「そこをなんとか・・。自分は何でもいいです。」
「う〜ん、なんとかしましょうか・・」
無理を聞いていただいた。申し訳ない。
その日の夕食は、これまでの4日間の食事とは全く比べようもない、豪華なすき焼き鍋!
おでんとデザートのプリンも付いている。
それに、「令和になったから、祝い酒だよ」といって、白ワインのグラスまで付いている。
感動以外の何物でもない食事にありついて貪り食ったので、写真もろくに撮っていない。
大弛小屋のご主人。ありがとうございます。
こちらは自転車で峠まで登ってきたという、チャリダーのお二人。
こちらB氏は、A氏や私のように奥多摩からではないが、大菩薩嶺のほうから越えて来たというから、強者でいらっしゃる。
食後にこたつを囲んで、A氏やB氏、チャリダーのお二人、その他の登山者の皆さんと、楽しい山のお話をして盛り上がった。
いつの間にか私も、今日のカミナリと吹雪のくだりを皆さんの前で力説している。
「尾根でそれじゃあ、ほんとにキツかったですね」
とねぎらってもらった。
皆様、自分より1時間半は早く着いていらっしゃる。
だいたい、出発が遅いんだよ。
さて明日は金峰だ。
ここまで来たら、なんとか瑞牆山荘まで、今回の縦走をつないで完結させたい。猛吹雪とか土砂降りにならなければの話だが。
A氏、B氏とも、明日は金峰だけでなく、富士見から瑞牆山にも登るという。
自分は、足の状態もあり、大日から瑞牆山荘へ降りることにしている。
一心地つくと、思い出したように膝が痛み出しているからだ。
明日の天気を祈り、床につく。
久しぶりに床の上で横になり、あっという間に眠りに落ちる。
<第四日目 終了>